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    坊っちゃん (清の事を考えながら、〜) (取扱ショップ:楽天ブックス)

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      ■青空文庫から『坊っちゃん』を一部抜粋
       清の事を考えながら、のつそつしていると、突然(とつぜん)おれの頭の上で、数で云ったら三四十人もあろうか、二階が落っこちるほどどん、どん、どんと拍子(ひょうし)を取って床板を踏みならす音がした。すると足音に比例した大きな鬨(とき)の声が起(おこ)った。おれは何事が持ち上がったのかと驚ろいて飛び起きた。飛び起きる途端(とたん)に、ははあさっきの意趣返(いしゅがえ)しに生徒があばれるのだなと気がついた。手前のわるい事は悪るかったと言ってしまわないうちは罪は消えないもんだ。わるい事は、手前達に覚(おぼえ)があるだろう。本来なら寝てから後悔(こうかい)してあしたの朝でもあやまりに来るのが本筋だ。たとい、あやまらないまでも恐れ入って、静粛(せいしゅく)に寝ているべきだ。それを何だこの騒(さわ)ぎは。寄宿舎を建てて豚(ぶた)でも飼っておきあしまいし。気狂(きちが)いじみた真似(まね)も大抵(たいてい)にするがいい。どうするか見ろと、寝巻のまま宿直部屋を飛び出して、楷子段(はしごだん)を三股半(みまたはん)に二階まで躍(おど)り上がった。すると不思議な事に、今まで頭の上で、たしかにどたばた暴れていたのが、急に静まり返って、人声どころか足音もしなくなった。これは妙だ。ランプはすでに消してあるから、暗くてどこに何が居るか判然と分(わか)らないが、人気(ひとけ)のあるとないとは様子でも知れる。長く東から西へ貫(つらぬ)いた廊下(ろうか)には鼠(ねずみ)一匹(ぴき)も隠(かく)れていない。廊下のはずれから月がさして、遥か向うが際どく明るい。どうも変だ、おれは小供の時から、よく夢(ゆめ)を見る癖があって、夢中(むちゅう)に跳ね起きて、わからぬ寝言を云って、人に笑われた事がよくある。十六七の時ダイヤモンドを拾った夢を見た晩なぞは、むくりと立ち上がって、そばに居た兄に、今のダイヤモンドはどうしたと、非常な勢(いきおい)で尋(たず)ねたくらいだ。その時は三日ばかりうち中(じゅう)の笑い草になって大いに弱った。ことによると今のも夢かも知れない。しかしたしかにあばれたに違いないがと、廊下の真中(まんなか)で考え込んでいると、月のさしている向うのはずれで、一二三わあと、三四十人の声がかたまって響(ひび)いたかと思う間もなく、前のように拍子を取って、一同が床板(ゆかいた)を踏み鳴らした。それ見ろ夢じゃないやっぱり事実だ。静かにしろ、夜なかだぞ、とこっちも負けんくらいな声を出して、廊下を向うへ馳(か)けだした。おれの通る路(みち)は暗い、ただはずれに見える月あかりが目標(めじるし)だ。おれが馳け出して二間も来たかと思うと、廊下の真中で、堅(かた)い大きなものに向脛(むこうずね)をぶつけて、あ痛いが頭へひびく間に、身体はすとんと前へ抛(ほう)り出された。こん畜生(ちきしょう)と起き上がってみたが、馳けられない。気はせくが、足だけは云う事を利かない。じれったいから、一本足で飛んで来たら、もう足音も人声も静まり返って、森(しん)としている。いくら人間が卑怯だって、こんなに卑怯に出来るものじゃない。まるで豚だ。こうなれば隠れている奴を引きずり出して、あやまらせてやるまではひかないぞと、心を極(き)めて寝室(しんしつ)の一つを開けて中を検査しようと思ったが開かない。錠(じょう)をかけてあるのか、机か何か積んで立て懸(か)けてあるのか、押(お)しても、押しても決して開かない。今度は向う合せの北側の室(へや)を試みた。開かない事はやっぱり同然である。おれが戸を開けて中に居る奴を引っ捕(つ)らまえてやろうと、焦慮(いらっ)てると、また東のはずれで鬨の声と足拍子が始まった。この野郎(やろう)申し合せて、東西相応じておれを馬鹿にする気だな、とは思ったがさてどうしていいか分らない。正直に白状してしまうが、おれは勇気のある割合に智慧(ちえ)が足りない。こんな時にはどうしていいかさっぱりわからない。わからないけれども、決して負けるつもりはない。このままに済ましてはおれの顔にかかわる。江戸(えど)っ子は意気地(いくじ)がないと云われるのは残念だ。宿直をして鼻垂(はなった)れ小僧(こぞう)にからかわれて、手のつけようがなくって、仕方がないから泣き寝入りにしたと思われちゃ一生の名折れだ。これでも元は旗本(はたもと)だ。旗本の元は清和源氏(せいわげんじ)で、多田(ただ)の満仲(まんじゅう)の後裔(こうえい)だ。こんな土百姓(どびゃくしょう)とは生まれからして違うんだ。ただ智慧のないところが惜しいだけだ。どうしていいか分らないのが困るだけだ。困ったって負けるものか。正直だから、どうしていいか分らないんだ。世の中に正直が勝たないで、外に勝つものがあるか、考えてみろ。今夜中に勝てなければ、あした勝つ。あした勝てなければ、あさって勝つ。あさって勝てなければ、下宿から弁当を取り寄せて勝つまでここに居る。おれはこう決心をしたから、廊下の真中へあぐらをかいて夜のあけるのを待っていた。蚊がぶんぶん来たけれども何ともなかった。さっき、ぶつけた向脛を撫(な)でてみると、何だかぬらぬらする。血が出るんだろう。血なんか出たければ勝手に出るがいい。そのうち最前からの疲(つか)れが出て、ついうとうと寝てしまった。何だか騒がしいので、眼(め)が覚めた時はえっ糞(くそ)しまったと飛び上がった。おれの坐(すわ)ってた右側にある戸が半分あいて、生徒が二人、おれの前に立っている。おれは正気に返って、はっと思う途端に、おれの鼻の先にある生徒の足を引(ひ)っ攫(つか)んで、力任せにぐいと引いたら、そいつは、どたりと仰向(あおむけ)に倒れた。ざまを見ろ。残る一人がちょっと狼狽(ろうばい)したところを、飛びかかって、肩を抑(おさ)えて二三度こづき廻したら、あっけに取られて、眼をぱちぱちさせた。さあおれの部屋まで来いと引っ立てると、弱虫だと見えて、一も二もなく尾(つ)いて来た。夜(よ)はとうにあけている。


      ■『坊っちゃん』などの著作権が切れている作品は青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)でも読むことができます。


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      坊っちゃん (おれは早速寄宿生を〜) (取扱ショップ:楽天ブックス)

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        ■青空文庫から『坊っちゃん』を一部抜粋
         おれは早速寄宿生を三人ばかり総代に呼び出した。すると六人出て来た。六人だろうが十人だろうが構うものか。寝巻のまま腕(うで)まくりをして談判を始めた。
        「なんでバッタなんか、おれの床の中へ入れた」
        「バッタた何ぞな」と真先(まっさき)の一人がいった。やに落ち付いていやがる。この学校じゃ校長ばかりじゃない、生徒まで曲りくねった言葉を使うんだろう。
        「バッタを知らないのか、知らなけりゃ見せてやろう」と云ったが、生憎(あいにく)掃き出してしまって一匹(ぴき)も居ない。また小使を呼んで、「さっきのバッタを持ってこい」と云ったら、「もう掃溜(はきだめ)へ棄(す)ててしまいましたが、拾って参りましょうか」と聞いた。「うんすぐ拾って来い」と云うと小使は急いで馳(か)け出したが、やがて半紙の上へ十匹ばかり載(の)せて来て「どうもお気の毒ですが、生憎夜でこれだけしか見当りません。あしたになりましたらもっと拾って参ります」と云う。小使まで馬鹿(ばか)だ。おれはバッタの一つを生徒に見せて「バッタたこれだ、大きなずう体をして、バッタを知らないた、何の事だ」と云うと、一番左の方に居た顔の丸い奴が「そりゃ、イナゴぞな、もし」と生意気におれを遣(や)り込(こ)めた。「篦棒(べらぼう)め、イナゴもバッタも同じもんだ。第一先生を捕(つら)まえてなもした何だ。菜飯(なめし)は田楽(でんがく)の時より外に食うもんじゃない」とあべこべに遣り込めてやったら「なもしと菜飯とは違うぞな、もし」と云った。いつまで行ってもなもしを使う奴だ。
        「イナゴでもバッタでも、何でおれの床の中へ入れたんだ。おれがいつ、バッタを入れてくれと頼(たの)んだ」
        「誰も入れやせんがな」
        「入れないものが、どうして床の中に居るんだ」
        「イナゴは温(ぬく)い所が好きじゃけれ、大方一人でおはいりたのじゃあろ」
        「馬鹿あ云え。バッタが一人でおはいりになるなんて――バッタにおはいりになられてたまるもんか。――さあなぜこんないたずらをしたか、云え」
        「云えてて、入れんものを説明しようがないがな」




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        坊っちゃん (天麩羅蕎麦もうちへ帰って、〜)  (ショップ:楽天ブックス)

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          ■青空文庫から『坊っちゃん』を一部抜粋
           天麩羅蕎麦もうちへ帰って、一晩寝たらそんなに肝癪(かんしゃく)に障らなくなった。学校へ出てみると、生徒も出ている。何だか訳が分らない。それから三日ばかりは無事であったが、四日目の晩に住田(すみた)と云う所へ行って団子(だんご)を食った。この住田と云う所は温泉のある町で城下から汽車だと十分ばかり、歩いて三十分で行かれる、料理屋も温泉宿も、公園もある上に遊廓(ゆうかく)がある。おれのはいった団子屋は遊廓の入口にあって、大変うまいという評判だから、温泉に行った帰りがけにちょっと食ってみた。今度は生徒にも逢わなかったから、誰(だれ)も知るまいと思って、翌日学校へ行って、一時間目の教場へはいると団子二皿(さら)七銭と書いてある。実際おれは二皿食って七銭払(はら)った。どうも厄介(やっかい)な奴等だ。二時間目にもきっと何かあると思うと遊廓の団子旨い旨いと書いてある。あきれ返った奴等だ。団子がそれで済んだと思ったら今度は赤手拭(あかてぬぐい)と云うのが評判になった。何の事だと思ったら、つまらない来歴だ。おれはここへ来てから、毎日住田の温泉へ行く事に極(き)めている。ほかの所は何を見ても東京の足元にも及(およ)ばないが温泉だけは立派なものだ。せっかく来た者だから毎日はいってやろうという気で、晩飯前に運動かたがた出掛(でかけ)る。ところが行くときは必ず西洋手拭の大きな奴をぶら下げて行く。この手拭が湯に染(そま)った上へ、赤い縞(しま)が流れ出したのでちょっと見ると紅色(べにいろ)に見える。おれはこの手拭を行きも帰りも、汽車に乗ってもあるいても、常にぶら下げている。それで生徒がおれの事を赤手拭赤手拭と云うんだそうだ。どうも狭い土地に住んでるとうるさいものだ。まだある。温泉は三階の新築で上等は浴衣(ゆかた)をかして、流しをつけて八銭で済む。その上に女が天目(てんもく)へ茶を載(の)せて出す。おれはいつでも上等へはいった。すると四十円の月給で毎日上等へはいるのは贅沢(ぜいたく)だと云い出した。余計なお世話だ。まだある。湯壺(ゆつぼ)は花崗石(みかげいし)を畳(たた)み上げて、十五畳敷(じょうじき)ぐらいの広さに仕切ってある。大抵(たいてい)は十三四人漬(つか)ってるがたまには誰も居ない事がある。深さは立って乳の辺まであるから、運動のために、湯の中を泳ぐのはなかなか愉快(ゆかい)だ。おれは人の居ないのを見済(みすま)しては十五畳の湯壺を泳ぎ巡(まわ)って喜んでいた。ところがある日三階から威勢(いせい)よく下りて今日も泳げるかなとざくろ口を覗(のぞ)いてみると、大きな札へ黒々と湯の中で泳ぐべからずとかいて貼(は)りつけてある。湯の中で泳ぐものは、あまりあるまいから、この貼札(はりふだ)はおれのために特別に新調したのかも知れない。おれはそれから泳ぐのは断念した。泳ぐのは断念したが、学校へ出てみると、例の通り黒板に湯の中で泳ぐべからずと書いてあるには驚(おど)ろいた。何だか生徒全体がおれ一人を探偵(たんてい)しているように思われた。くさくさした。生徒が何を云ったって、やろうと思った事をやめるようなおれではないが、何でこんな狭苦しい鼻の先がつかえるような所へ来たのかと思うと情なくなった。それでうちへ帰ると相変らず骨董責である。



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          坊っちゃん (三時間目も、四時間目も〜)  (ショップ:楽天ブックス)

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            ■青空文庫から『坊っちゃん』を一部抜粋
             三時間目も、四時間目も昼過ぎの一時間も大同小異であった。最初の日に出た級は、いずれも少々ずつ失敗した。教師ははたで見るほど楽じゃないと思った。授業はひと通り済んだが、まだ帰れない、三時までぽつ然(ねん)として待ってなくてはならん。三時になると、受持級の生徒が自分の教室を掃除(そうじ)して報知(しらせ)にくるから検分をするんだそうだ。それから、出席簿(しゅっせきぼ)を一応調べてようやくお暇(ひま)が出る。いくら月給で買われた身体(からだ)だって、あいた時間まで学校へ縛(しば)りつけて机と睨(にら)めっくらをさせるなんて法があるものか。しかしほかの連中はみんな大人(おとな)しくご規則通りやってるから新参のおればかり、だだを捏(こ)ねるのもよろしくないと思って我慢(がまん)していた。帰りがけに、君何でもかんでも三時過(すぎ)まで学校にいさせるのは愚(おろか)だぜと山嵐に訴えたら、山嵐はそうさアハハハと笑ったが、あとから真面目(まじめ)になって、君あまり学校の不平を云うと、いかんぜ。云うなら僕(ぼく)だけに話せ、随分(ずいぶん)妙な人も居るからなと忠告がましい事を云った。四つ角で分れたから詳(くわ)しい事は聞くひまがなかった。
             それからうちへ帰ってくると、宿の亭主(ていしゅ)がお茶を入れましょうと云ってやって来る。お茶を入れると云うからご馳走(ちそう)をするのかと思うと、おれの茶を遠慮(えんりょ)なく入れて自分が飲むのだ。この様子では留守中(るすちゅう)も勝手にお茶を入れましょうを一人(ひとり)で履行(りこう)しているかも知れない。亭主が云うには手前は書画骨董(しょがこっとう)がすきで、とうとうこんな商買を内々で始めるようになりました。あなたもお見受け申すところ大分ご風流でいらっしゃるらしい。ちと道楽にお始めなすってはいかがですと、飛んでもない勧誘(かんゆう)をやる。二年前ある人の使(つかい)に帝国(ていこく)ホテルへ行った時は錠前(じょうまえ)直しと間違(まちが)えられた事がある。ケットを被(かぶ)って、鎌倉(かまくら)の大仏を見物した時は車屋から親方と云われた。その外今日(こんにち)まで見損(みそくな)われた事は随分あるが、まだおれをつらまえて大分ご風流でいらっしゃると云ったものはない。大抵(たいてい)はなりや様子でも分る。風流人なんていうものは、画(え)を見ても、頭巾(ずきん)を被(かぶ)るか短冊(たんざく)を持ってるものだ。このおれを風流人だなどと真面目に云うのはただの曲者(くせもの)じゃない。おれはそんな呑気(のんき)な隠居(いんきょ)のやるような事は嫌(きら)いだと云ったら、亭主はへへへへと笑いながら、いえ始めから好きなものは、どなたもございませんが、いったんこの道にはいるとなかなか出られませんと一人で茶を注いで妙な手付(てつき)をして飲んでいる。実はゆうべ茶を買ってくれと頼(たの)んでおいたのだが、こんな苦い濃(こ)い茶はいやだ。一杯(ぱい)飲むと胃に答えるような気がする。今度からもっと苦くないのを買ってくれと云ったら、かしこまりましたとまた一杯しぼって飲んだ。人の茶だと思って無暗(むやみ)に飲む奴(やつ)だ。主人が引き下がってから、明日の下読(したよみ)をしてすぐ寝(ね)てしまった。


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            坊っちゃん (教員が控所(ひかえじょ)へ揃(そろ)うには〜)  (ショップ:楽天ブックス)

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              ■青空文庫から『坊っちゃん』を一部抜粋
               教員が控所(ひかえじょ)へ揃(そろ)うには一時間目の喇叭(らっぱ)が鳴らなくてはならぬ。大分時間がある。校長は時計を出して見て、追々(おいおい)ゆるりと話すつもりだが、まず大体の事を呑(の)み込んでおいてもらおうと云って、それから教育の精神について長いお談義を聞かした。おれは無論いい加減に聞いていたが、途中からこれは飛んだ所へ来たと思った。校長の云うようにはとても出来ない。おれみたような無鉄砲(むてっぽう)なものをつらまえて、生徒の模範(もはん)になれの、一校の師表(しひょう)と仰(あお)がれなくてはいかんの、学問以外に個人の徳化を及(およ)ぼさなくては教育者になれないの、と無暗に法外な注文をする。そんなえらい人が月給四十円で遥々(はるばる)こんな田舎へくるもんか。人間は大概似たもんだ。腹が立てば喧嘩(けんか)の一つぐらいは誰でもするだろうと思ってたが、この様子じゃめったに口も聞けない、散歩も出来ない。そんなむずかしい役なら雇(やと)う前にこれこれだと話すがいい。おれは嘘(うそ)をつくのが嫌(きら)いだから、仕方がない、だまされて来たのだとあきらめて、思い切りよく、ここで断(こと)わって帰っちまおうと思った。宿屋へ五円やったから財布(さいふ)の中には九円なにがししかない。九円じゃ東京までは帰れない。茶代なんかやらなければよかった。惜(お)しい事をした。しかし九円だって、どうかならない事はない。旅費は足りなくっても嘘をつくよりましだと思って、到底(とうてい)あなたのおっしゃる通りにゃ、出来ません、この辞令は返しますと云ったら、校長は狸のような眼をぱちつかせておれの顔を見ていた。やがて、今のはただ希望である、あなたが希望通り出来ないのはよく知っているから心配しなくってもいいと云いながら笑った。そのくらいよく知ってるなら、始めから威嚇(おどさ)さなければいいのに。


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              <夏目漱石の代表作> こころ(ワイド版岩波文庫) (「死んだつもりで生きて行こうと〜)  (ショップ:楽天ブックス)

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                ■青空文庫から『こころ』を一部抜粋
                五十五

                「死んだつもりで生きて行こうと決心した私の心は、時々外界の刺戟(しげき)で躍(おど)り上がりました。しかし私がどの方面かへ切って出ようと思い立つや否(いな)や、恐ろしい力がどこからか出て来て、私の心をぐいと握り締めて少しも動けないようにするのです。そうしてその力が私にお前は何をする資格もない男だと抑(おさ)え付けるようにいって聞かせます。すると私はその一言(いちげん)で直(すぐ)ぐたりと萎(しお)れてしまいます。しばらくしてまた立ち上がろうとすると、また締め付けられます。私は歯を食いしばって、何で他(ひと)の邪魔をするのかと怒鳴り付けます。不可思議な力は冷(ひや)やかな声で笑います。自分でよく知っているくせにといいます。私はまたぐたりとなります。
                 波瀾(はらん)も曲折もない単調な生活を続けて来た私の内面には、常にこうした苦しい戦争があったものと思って下さい。妻(さい)が見て歯痒(はがゆ)がる前に、私自身が何層倍(なんぞうばい)歯痒い思いを重ねて来たか知れないくらいです。私がこの牢屋(ろうや)の中(うち)に凝(じっ)としている事がどうしてもできなくなった時、またその牢屋をどうしても突き破る事ができなくなった時、必竟(ひっきょう)私にとって一番楽な努力で遂行(すいこう)できるものは自殺より外(ほか)にないと私は感ずるようになったのです。あなたはなぜといって眼を※(「目+爭」、第3水準1-88-85)(みは)るかも知れませんが、いつも私の心を握り締めに来るその不可思議な恐ろしい力は、私の活動をあらゆる方面で食い留めながら、死の道だけを自由に私のために開けておくのです。動かずにいればともかくも、少しでも動く以上は、その道を歩いて進まなければ私には進みようがなくなったのです。
                 私は今日(こんにち)に至るまですでに二、三度運命の導いて行く最も楽な方向へ進もうとした事があります。しかし私はいつでも妻に心を惹(ひ)かされました。そうしてその妻をいっしょに連れて行く勇気は無論ないのです。妻にすべてを打ち明ける事のできないくらいな私ですから、自分の運命の犠牲(ぎせい)として、妻の天寿(てんじゅ)を奪うなどという手荒(てあら)な所作(しょさ)は、考えてさえ恐ろしかったのです。私に私の宿命がある通り、妻には妻の廻(まわ)り合せがあります、二人を一束(ひとたば)にして火に燻(く)べるのは、無理という点から見ても、痛ましい極端としか私には思えませんでした。


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                <夏目漱石の代表作> こころ(ワイド版岩波文庫) (「書物の中に自分を生埋(いきう)めに〜)  (ショップ:楽天ブックス)

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                  ■青空文庫から『こころ』を一部抜粋
                  五十三

                  「書物の中に自分を生埋(いきう)めにする事のできなかった私は、酒に魂を浸(ひた)して、己(おの)れを忘れようと試みた時期もあります。私は酒が好きだとはいいません。けれども飲めば飲める質(たち)でしたから、ただ量を頼みに心を盛(も)り潰(つぶ)そうと力(つと)めたのです。この浅薄(せんぱく)な方便はしばらくするうちに私をなお厭世的(えんせいてき)にしました。私は爛酔(らんすい)の真最中(まっさいちゅう)にふと自分の位置に気が付くのです。自分はわざとこんな真似(まね)をして己れを偽(いつわ)っている愚物(ぐぶつ)だという事に気が付くのです。すると身振(みぶる)いと共に眼も心も醒(さ)めてしまいます。時にはいくら飲んでもこうした仮装状態にさえ入(はい)り込めないでむやみに沈んで行く場合も出て来ます。その上技巧で愉快を買った後(あと)には、きっと沈鬱(ちんうつ)な反動があるのです。私は自分の最も愛している妻(さい)とその母親に、いつでもそこを見せなければならなかったのです。しかも彼らは彼らに自然な立場から私を解釈して掛(かか)ります。
                   妻の母は時々気拙(きまず)い事を妻にいうようでした。それを妻は私に隠していました。しかし自分は自分で、単独に私を責めなければ気が済まなかったらしいのです。責めるといっても、決して強い言葉ではありません。妻から何かいわれたために、私が激した例(ためし)はほとんどなかったくらいですから。妻はたびたびどこが気に入らないのか遠慮なくいってくれと頼みました。それから私の未来のために酒を止(や)めろと忠告しました。ある時は泣いて「あなたはこの頃(ごろ)人間が違った」といいました。それだけならまだいいのですけれども、「Kさんが生きていたら、あなたもそんなにはならなかったでしょう」というのです。私はそうかも知れないと答えた事がありましたが、私の答えた意味と、妻の了解した意味とは全く違っていたのですから、私は心のうちで悲しかったのです。それでも私は妻に何事も説明する気にはなれませんでした。


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                  <夏目漱石の代表作> こころ(ワイド版岩波文庫) (話は簡単でかつ明瞭(めいりょう)に〜)  (ショップ:楽天ブックス)

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                    ■青空文庫から『こころ』を一部抜粋
                     私が今おる家へ引(ひ)っ越(こ)したのはそれから間もなくでした。奥さんもお嬢さんも前の所にいるのを厭(いや)がりますし、私もその夜(よ)の記憶を毎晩繰り返すのが苦痛だったので、相談の上移る事に極(き)めたのです。
                     移って二カ月ほどしてから私は無事に大学を卒業しました。卒業して半年も経(た)たないうちに、私はとうとうお嬢さんと結婚しました。外側から見れば、万事が予期通りに運んだのですから、目出度(めでたい)といわなければなりません。奥さんもお嬢さんもいかにも幸福らしく見えました。私も幸福だったのです。けれども私の幸福には黒い影が随(つ)いていました。私はこの幸福が最後に私を悲しい運命に連れて行く導火線ではなかろうかと思いました。
                     結婚した時お嬢さんが、――もうお嬢さんではありませんから、妻(さい)といいます。――妻が、何を思い出したのか、二人でKの墓参(はかまい)りをしようといい出しました。私は意味もなくただぎょっとしました。どうしてそんな事を急に思い立ったのかと聞きました。妻は二人揃(そろ)ってお参りをしたら、Kがさぞ喜ぶだろうというのです。私は何事も知らない妻の顔をしけじけ眺(なが)めていましたが、妻からなぜそんな顔をするのかと問われて始めて気が付きました。
                     私は妻の望み通り二人連れ立って雑司ヶ谷(ぞうしがや)へ行きました。私は新しいKの墓へ水をかけて洗ってやりました。妻はその前へ線香と花を立てました。二人は頭を下げて、合掌しました。妻は定めて私といっしょになった顛末(てんまつ)を述べてKに喜んでもらうつもりでしたろう。私は腹の中で、ただ自分が悪かったと繰り返すだけでした。
                     その時妻はKの墓を撫(な)でてみて立派だと評していました。その墓は大したものではないのですけれども、私が自分で石屋へ行って見立(みた)てたりした因縁(いんねん)があるので、妻はとくにそういいたかったのでしょう。私はその新しい墓と、新しい私の妻と、それから地面の下に埋(うず)められたKの新しい白骨とを思い比べて、運命の冷罵(れいば)を感ぜずにはいられなかったのです。私はそれ以後決して妻といっしょにKの墓参りをしない事にしました。


                    ■『こころ』などの著作権が切れている作品は青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)でも読むことができます。

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                      ■青空文庫から『こころ』を一部抜粋
                       話は簡単でかつ明瞭(めいりょう)に片付いてしまいました。最初からしまいまでにおそらく十五分とは掛(かか)らなかったでしょう。奥さんは何の条件も持ち出さなかったのです。親類に相談する必要もない、後から断ればそれで沢山だといいました。本人の意嚮(いこう)さえたしかめるに及ばないと明言しました。そんな点になると、学問をした私の方が、かえって形式に拘泥(こうでい)するくらいに思われたのです。親類はとにかく、当人にはあらかじめ話して承諾を得(う)るのが順序らしいと私が注意した時、奥さんは「大丈夫です。本人が不承知の所へ、私があの子をやるはずがありませんから」といいました。
                       自分の室(へや)へ帰った私は、事のあまりに訳もなく進行したのを考えて、かえって変な気持になりました。はたして大丈夫なのだろうかという疑念さえ、どこからか頭の底に這(は)い込んで来たくらいです。けれども大体の上において、私の未来の運命は、これで定められたのだという観念が私のすべてを新たにしました。
                       私は午頃(ひるごろ)また茶の間へ出掛けて行って、奥さんに、今朝(けさ)の話をお嬢さんに何時(いつ)通じてくれるつもりかと尋ねました。奥さんは、自分さえ承知していれば、いつ話しても構わなかろうというような事をいうのです。こうなると何だか私よりも相手の方が男みたようなので、私はそれぎり引き込もうとしました。すると奥さんが私を引き留めて、もし早い方が希望ならば、今日でもいい、稽古(けいこ)から帰って来たら、すぐ話そうというのです。私はそうしてもらう方が都合が好(い)いと答えてまた自分の室に帰りました。しかし黙って自分の机の前に坐(すわ)って、二人のこそこそ話を遠くから聞いている私を想像してみると、何だか落ち付いていられないような気もするのです。私はとうとう帽子を被(かぶ)って表へ出ました。そうしてまた坂の下でお嬢さんに行き合いました。何にも知らないお嬢さんは私を見て驚いたらしかったのです。私が帽子を脱(と)って「今お帰り」と尋ねると、向うではもう病気は癒(なお)ったのかと不思議そうに聞くのです。私は「ええ癒りました、癒りました」と答えて、ずんずん水道橋(すいどうばし)の方へ曲ってしまいました。


                      ■『こころ』などの著作権が切れている作品は青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)でも読むことができます。


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                        ■青空文庫から『こころ』を一部抜粋
                        四十一

                        「私はちょうど他流試合でもする人のようにKを注意して見ていたのです。私は、私の眼、私の心、私の身体(からだ)、すべて私という名の付くものを五分(ぶ)の隙間(すきま)もないように用意して、Kに向ったのです。罪のないKは穴だらけというよりむしろ明け放しと評するのが適当なくらいに無用心でした。私は彼自身の手から、彼の保管している要塞(ようさい)の地図を受け取って、彼の眼の前でゆっくりそれを眺(なが)める事ができたも同じでした。
                         Kが理想と現実の間に彷徨(ほうこう)してふらふらしているのを発見した私は、ただ一打(ひとうち)で彼を倒す事ができるだろうという点にばかり眼を着けました。そうしてすぐ彼の虚(きょ)に付け込んだのです。私は彼に向って急に厳粛な改まった態度を示し出しました。無論策略からですが、その態度に相応するくらいな緊張した気分もあったのですから、自分に滑稽(こっけい)だの羞恥(しゅうち)だのを感ずる余裕はありませんでした。私はまず「精神的に向上心のないものは馬鹿(ばか)だ」といい放ちました。これは二人で房州(ぼうしゅう)を旅行している際、Kが私に向って使った言葉です。私は彼の使った通りを、彼と同じような口調で、再び彼に投げ返したのです。しかし決して復讐(ふくしゅう)ではありません。私は復讐以上に残酷な意味をもっていたという事を自白します。私はその一言(いちごん)でKの前に横たわる恋の行手(ゆくて)を塞(ふさ)ごうとしたのです。
                         Kは真宗寺(しんしゅうでら)に生れた男でした。しかし彼の傾向は中学時代から決して生家の宗旨(しゅうし)に近いものではなかったのです。教義上の区別をよく知らない私が、こんな事をいう資格に乏しいのは承知していますが、私はただ男女(なんにょ)に関係した点についてのみ、そう認めていたのです。Kは昔から精進(しょうじん)という言葉が好きでした。私はその言葉の中に、禁欲(きんよく)という意味も籠(こも)っているのだろうと解釈していました。しかし後で実際を聞いて見ると、それよりもまだ厳重な意味が含まれているので、私は驚きました。道のためにはすべてを犠牲にすべきものだというのが彼の第一信条なのですから、摂欲(せつよく)や禁欲(きんよく)は無論、たとい欲を離れた恋そのものでも道の妨害(さまたげ)になるのです。Kが自活生活をしている時分に、私はよく彼から彼の主張を聞かされたのでした。その頃(ころ)からお嬢さんを思っていた私は、勢いどうしても彼に反対しなければならなかったのです。私が反対すると、彼はいつでも気の毒そうな顔をしました。そこには同情よりも侮蔑(ぶべつ)の方が余計に現われていました。



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